北海道のような広大な地域で医療を届けるには,限られた医療従事者の負担軽減が喫緊の課題となっています.この課題に対し,北海道大学では,ウェアラブルデバイスを用いて収集される生体データから,AI が異常を見つけ出す研究開発を進めています.自律系工学研究室では,この革新的なプロジェクトの一翼を担い,特に「肺音」に焦点を当て,AI を用いた肺音の異常検知モデルの開発に挑戦しています.
異常検知の分野では,一般的に異常データの数が少ないといった課題があります.そこで,画像化した正常な肺音だけを学習した AI が,異常な肺音を「正常でない音」として見つけ出すモデルを開発しました.
この AI は,正常なデータをマネするように学習しますが,異常なデータではうまくマネすることができません.たとえば,ネコの特徴からネコの絵を描く AI を学習した後に,こっそりキツネの特徴を伝えるとどうなるでしょうか?AI が習っていない特徴が入ってきてしまうので,AIはそこからネコを描くのに悩んでしまいます.このように AI を悩ませることで,その再現の「ずれ」を異常として判断します(図1).

この技術を利用して,正常な肺音のみを学習に使用しながら異常検知を行うことができます(図2).

さらに,医療現場で懸念される「ノイズ」の問題にも取り組みました.通常の異常検知 AI は,人の声や環境音も異常と判断してしまうことがあります.そこで私たちは,「肺の異常音は呼吸のたびに繰り返し現れる」という医学的特性に着目し,一過性のノイズと区別する独自のアルゴリズムを開発しました.深層学習という「データ駆動」のアプローチと,医学的特性という「知識駆動」のアプローチとを組み合わせることで,本当に注意すべき異常音だけを的確にとらえることができるようになりました.
本研究で提案した AI モデルとアルゴリズムは,将来的にウェアラブルデバイスに搭載されることで医療従事者の負担を軽減し,高齢者の呼吸器疾患に対する迅速な対応を可能にすることでしょう.これにより,地域医療に大きく貢献できると期待されます.
